松本 | 「高田さん、この書類ちょっと調べてくれない。」 |
高田 | 「いま忙しいのよ。運搬機さんに頼んでもらいかしら。
いま暇らしいから。」 |
松本 | 「そうだね。じゃ運搬機に回そうか。」 |
課長 | 「君達、その運搬機ってなんだね。」 |
高田 | 「あら、課長さん、そこにいらしたんですか。」 |
松本 | 「すみません。」 |
課長 | 「運搬機っていうのは誰かのあだ名かね。」 |
高田 | 「ええ、じつは......。」 |
松本 | 「川口君のあだ名です。正しくは『月給運搬機』です。」 |
課長 | 「どうして。」 |
松本 | 「入社して以来、決して会社の帰りによそへ寄った事がない
んです。月給日に僕達がいくら誘っても断って、まっすぐ
家に帰って奥さんに月給を袋のまま渡してしまうんです。」 |
課長 | 「なるほど、それで『月給運搬機』か。しかし、バーなんか
に寄らないでまっすぐ帰るのは感心じゃないか。」 |
松本 | 「ええ、まじめな人です。会社を休んだ事も遅刻した事も
ありません。」 |
高田 | 「でも、あまり積極的に仕事をする意欲はないようですね。
難しい仕事は辞退することにしてるんだろうですもの。」 |
課長 | 「あだ名のことは分かった。とにかくその仕事を早く川口君
にやってもらってくれ。」 |
松本 | 「はい。」 |
高田 | 「かしこまりました。」 |
***
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松本 | 「困ったなあ、課長に聞かれちゃって。」 |
高田 | 「構うもんですか。大体、松本さん、あなたみたいにいつも
獅子糞迅の努力して仕事をしている人も、あんな月給運搬
機も同じ月給だなんて変よ。この会社、年功序列制度だか
らいけないのね。」 |
松本 | 「それにまあ、終身雇用制度でもあるしね。」 |
高田 | 「アメリカの経営者だったら川口さんなんか首になって松本
さんはもっと月給が上がっているかもしれないわ。」 |
松本 | 「アメリカの方が合理的かもしれないね。」 |
高田 | 「そうよ。日本はアメリカの雇用制度を見習うといいんだわ。」 |
松本 | 「でも、高田さん、もし君が仕事をよくやったとしても、上の
人にそれを認めてもらえなかったらどうなる。」 |
高田 | 「認めてもらえなかったら仕事をしないのと同じね。不景気に
なると首になってしまうかもしれない。だから認めてもらえ
るように努力しなけりゃならないわね。」 |
松本 | 「仕事が出来てもけんそんな人はだめだということになるね。」 |
高田 | 「そうかもしれないわね。」 |
松本 | 「それから、いつも不向きな仕事をやらされたり、大きな仕事
をやる機会が与えられなかった場合、認めてもらうのが難し
くなるね。」 |
高田 | 「そうねえ。」 |
松本 | 「そうだとするとアメリカ式も一概にいいとは言えなくなるか
もしれないよ。」 |
高田 | 「この会社のようなやり方にもいい所があるかもしれないわ
ね。」 |
松本 | 「けんそんな人も首にならずにすむし、人と競争したくない人
も平和に暮らしていけるからね、」 |
課長 | 「松本君、あの仕事はどうなったかね。」 |
松本 | 「はい、これから川口君の所へ回します。」 |
課長 | 「急ぐからね。早くやってくれよ。おしゃべりしてると能率が
下がるぞ。」 |
松本 | 「はい。」 |
高田 | 「すみません。」 |