斉藤 | 「いらっしゃいませ。さあ、どうぞこちらへ。」 |
林 | 「どうも、どうも。」 |
斉藤 | 「さ、どうぞおあてくださいませ。」 |
林 | 「失礼いたします。ごぶさたいたしましたが、
みなさんお元気ですか。」 |
斉藤 | 「はあ、おかげさまで。お宅さまでもお変わり
ございませんか。」 |
林 | 「ええ、下のむすこもやっと大学にはいりました。」 |
斉藤 | 「それはよろしゅうございましたね。宅では、来年
大学なので、ここ二、三カ月来、いっしょけんめい
勉強しているようでございます。」 |
林 | 「いまは … …。」 |
斉藤 | 「となりの部屋におります。そのうちごあいさつに
参ると思います。」 |
林 | 「ご勉強が終わったところなんですね。」 |
斉藤 | 「と、おっしゃいますと … …。」 |
林 | 「ラジオが聞こえておりますから。」 |
斉藤 | 「いえ、それが勉強している証拠なんでございますよ。
音楽かなにか聞きながらでなくては勉強ができない
と申しまして。」 |
林 | 「ああ、いわゆる『ながら族』ですね。うちのむすこ
たちも完全な『ながら族』で、一日中テレビやラジオ
をつけておいて勉強していますよ。」 |
斉藤 | 「若い人にはそういう人が多いようでございますね。」 |
林 | 「私などは静かな所でなければ仕事ができないほうで、
うるさくて困りますからラジオを消すようにと時々
注意するんですが、消すとかえって勉強ができない
と言うんです。」 |
斉藤 | 「そういうものだそうでございますね。なにか音を
聞きながらやるのが癖になってしまっているんで
ございますね。私どものような中年の者にとって
は、そんなこと、とてもできそうにもございませ
んが。」 |
林 | 「『ながら族』にとってはそのほうが能率が上がるん
だそうですから、一概に悪いとは言えませんがね。
まあしかし家族の者にとっては迷惑千万です。この
ごろは家も狭いし、隣の家も近いですからね。」 |
斉藤 | 「そうでございますよ。聖徳太子じゃございません
から、一度にいろいろの音を聞いてわかるという
わけにはまいりませんものね。」 |
林 | 「とにかく、困った習慣がはやりだしたものですなあ。」 |